顏淵第十二

280顏淵問仁。子曰、克己復禮爲仁。一日克己復禮、天下歸仁焉。爲仁由己。而由人乎哉。顏淵曰、請問其目。子曰、非禮勿視。非禮勿聽。非禮勿言。非禮勿動。顏淵曰、囘雖不敏、請事斯語矣。 (顏淵第十二) 281仲弓問仁。子曰、出門如見大賓、使民如承大祭。己所不欲、勿施於人。在邦無怨、在家無怨。仲弓曰、雍雖不敏、請事斯語矣。(顏淵第十二) » 続きを読む

子路第十三

304子路問政。子曰、先之勞之。請益。曰、無倦。(子路第十三) 305仲弓爲季氏宰、問政。子曰、先有司。赦小過、擧賢才。曰、焉知賢才而擧之。曰、擧爾所知、爾所不知、人其舍諸。 (子路第十三)» 続きを読む

憲問第十四

334憲問恥。子曰、邦有道穀。邦無道穀恥也。(憲問第十四) 335克・伐・怨・欲不行焉、可以爲仁矣。子曰、可以爲難矣。仁則吾不知也。 (憲問第十四)» 続きを読む

衞靈公第十五

380衞靈公問陳於孔子。孔子對曰、爼豆之事、則嘗聞之矣。軍旅之事、未之學也。明日遂行。在陳絕糧。從者病、莫能興。子路慍見曰、君子亦有窮乎。子曰、君子固窮。小人窮斯濫矣。 (衞靈公第十五) 381子曰、賜也、女以予爲多學而識之者與。對曰、然。非與。曰、非也。予一以貫之。» 続きを読む

季氏第十六

421季氏將伐顓臾。冉有・季路見於孔子曰、季氏將有事於顓臾。孔子曰、求、無乃爾是過與。夫顓臾、昔者先王以爲東蒙主。且在邦域之中矣。是社稷之臣也。何以伐爲。冉有曰、夫子欲之、吾二臣者、皆不欲也。孔子曰、求、周任有言、曰、陳力就列、不能者止。危而不持、顚而不扶、則將焉用彼相矣。且爾言過矣。虎兕出於柙、龜玉毀於櫝中、是誰之過與。冉有曰、今夫顓臾、固而近於費。今不取、後世必爲子孫憂。 孔子曰、求、君子疾夫舍曰欲之、而必爲之辭。丘也聞、有國有家、不患寡而患不均。不患貧、而患不安。蓋均無貧、和無寡、安無傾。夫如是。故遠人不服、則脩文德以來之。旣來之、則安之。今由與求也、相夫子、遠人不服、而不能來也。邦分崩離析、而不能守也。而謀動干戈於邦内。吾恐季孫之憂、不在顓臾、而在蕭牆之内也。 (季氏第十六)» 続きを読む

陽貨第十七

435陽貨欲見孔子。孔子不見。歸孔子豚。孔子時其亡也。而往拜之。遇諸塗。謂孔子曰、來、予與爾言。曰、懷其寶而迷其邦、可謂仁乎。曰、不可。好從事而亟失時、可謂知乎。曰、不可。日月逝矣。歳不我與。孔子曰、諾、吾將仕矣。 (陽貨第十七) 436子曰、性相近也。習相遠。(陽貨第十七) » 続きを読む

微子第十八

461微子去之、箕子爲之奴、比干諫而死。孔子曰、殷有三仁焉。(微子第十八) 微子は之を去り、箕子は之が奴となり、比干は諫めて死す。孔子曰く、殷に三仁有り。 462柳下惠爲士師、三黜。人曰、子未可以去乎。曰、直道而事人、焉往而不三黜。枉道而事人、何必去父母之邦。» 続きを読む

子張第十九

472子張曰、士見危致命、見得思義、祭思敬、喪思哀。其可已矣。 (子張第十九) 子張曰く、士は危きを見ては命を致し、得るを見ては義を思ひ、祭には敬を思ひ、喪には哀を思ふ。其れ可ならんのみ。» 続きを読む

堯曰(げうゑつ)第二十

497 堯曰、咨爾舜、天之曆數、在爾躬。允執其中。四海困窮、天祿永終。舜亦以命禹。曰、予小子履、敢用玄牡、敢昭告于皇皇后帝。有罪不敢赦。帝臣不蔽。簡在帝心。朕躬有罪。無以萬方。萬方有罪、罪在朕躬。周有大賚、善人是富。雖有周親、不如仁人。百姓有過、在予一人。謹權量。審法度、脩廢官、四方之政行焉。興滅國、繼絕世、擧逸民、天下之民歸心焉。所重民食喪祭。寛則得衆、信則民任焉。敏則有功、公則說。 (堯曰第二十)» 続きを読む

エバーグリーンホースガーデンで体験乗馬(1鞍目)

乗馬の情報を収集している中で、千葉県長生郡長柄町にある、 エバーグリーンホースガーデンという施設を見つけた。 値段は4500円で、簡単なレッスンの後、森の中を散歩できるとある。» 続きを読む

『国語』幸と福は違う

コストパフォーマンスという言葉がある。 投入した資源に対して、どれだけ成果をあげることができるのか、ということである。 10人で100の仕事をしていた場合、100が150になっても、8人で100の仕事ができるようになっても、生産性は向上したということになる。» 続きを読む

吉田松陰の講孟箚記

夏休みに入り、本棚の整理をしていると、『講孟箚記』が目にとまった。 よくあることだが、整理を中断し、つい中身を眺めてしまった。 『講孟箚記(こうもうさつき)』:吉田松陰著、近藤啓吾全訳注(講談社学術文庫上下巻)» 続きを読む

『戦国策』全員一致の恐ろしさ

『日本人とユダヤ人』(イザヤ・ベンダサン)によると、ユダヤでは全員が一致して賛成したことは、無効になるという。 出来うるだけ、皆が同じであろうとすることを求める日本人とは、随分と違うものである。 中国戦国時代の遊説家として有名な張儀と、荘子との交流で有名な恵施の逸話に、このようなものがある。» 続きを読む

率先垂範の落とし穴

「子どもは親の言うことはきかないが、親のやることは真似する」 などと、よく言われる。 何となくもっともそうな教えなので、そうかなという気にもなるが、よくよく実際を振り返ってみると、正しいとは思えない。» 続きを読む

『荘子』目的と手段

殷(商)を倒して天下を統一した武王の曽祖父である古公(大王)亶父(たんぽ)の有名な話である。 『史記』などにもあるが、今回は、『荘子』から紹介したい。 大王亶父が邠(ひん)という地にいた時、異民族である狄人が攻めてきた。» 続きを読む

『論語』不作為の悪

人は、本質的には、「悪」ではないと思う。 自ら積極的に悪を為す人は、数少ないであろう。 ただ、積極的に善を為すかといえば、そうでもない。» 続きを読む

『蒙求』寄らば大樹の陰

徳川将軍のことを「大樹」と呼んだりする。 その謂われは、後漢の馮異(ふうい)という人の故事からである。 彼は、書を読むことを好み、特に『春秋左氏伝』と『孫子』に通じていた。» 続きを読む

『孟子』韓国ドラマ「イサン」

日曜の夜、NHK-BSで、偶然、目に留まり、観てしまった。 実は、一番興味を引いたのは、主人公が将来、王になるために勉強をする場面であった。 『孟子』の第一巻である、「梁惠王章句」という部分を暗誦するのである。» 続きを読む

『荀子』闘うことの是非

過去を振り返って、最も反省することは、争うこと、喧嘩が好きだったということである。 好きだったという以上に、間違った相手とは闘うべきであり、それが正義と考えていた。 闘うこと自体が誤りだと気づいたのは、ほんのここ数年のことである。情けない人間だと、思う。» 続きを読む

『蒙求』義を見てなさざるは勇無きなり

私の仕事の中心は、人前で喋ることである。数人の場合もあれば、多いときは数百人が対象になる場合もある。始めて人前で話をした頃には、膝ががくがくと震えて止まらなかったことを、今でも覚えている。緊張しなければ、あがらなければ、もっとうまく出来るのにと、よく思ったものである。 しかし、ある時、師匠ともいうべき人に、こう言われた。人前で緊張しないような人間は駄目だ。 緊張するのが当たり前であって、緊張しないということは、そもそも感受性が鈍いのだ。» 続きを読む

『孟子』東洋の叡智

『孟子』に、「古者(いにしえ)は子を易えて之を教う」という言葉がある。 つまり、親が直接に子供を教育することは、良くないというのである。 何故なら、教えても子供がきちんと出来ないと、親もつい腹を立ててしまう。子供は子供で、お父さんは偉そうなことを言うけど、自分はやらないじゃないかと反発する。» 続きを読む

『老子』功成り名遂げては退く

老子の思想は、世俗を超越しているようであって、実は処世訓として素晴らしい。 いかにも、逆説的である。 器に水を一杯にして、こぼすまいと心配するくらいなら、一杯にしなけば良い。» 続きを読む

『老子』リバタリアニズム

弓に弦をはるときに、上の部分は下に抑えて、下の部分は上に挙げようとする。 理屈に合った行いであり、天の道とは、そのように理屈にあったものである。 それは例えば、雨が窪みにたまれば、溢れて低い所に流れ出すようなものである。» 続きを読む

『列子』忘坐

忘坐を逆にした「坐忘」というと、『荘子』内篇大宋師第六にある、孔子と顔囘の有名な話である。 しかし、ここで紹介するのは「忘坐」という話である。 宋の陽里にいた華子という人が、何でも忘れてしまうという病に罹った。» 続きを読む