『淮南子』鬼軍曹

昔は、鬼軍曹タイプというリーダーがいた。

有名な、「電通鬼の十訓」を、地でいくような人である。

十訓を抜粋すると、以下のような内容である。

「難しい仕事を狙え、そしてそれを成し遂げるところに進歩がある」

「取り組んだら離すな、殺されても離すな、目的完遂までは」

「頭は常に全回転、八方気を配って一部の隙もあってはならぬ。サービスとはそのようなものだ」

私の知り合いにも、こういったタイプが何人かいた。

不振の営業所などに配属させると、実に短時間で業績を回復してくれる。

頼もしいビジネスマンである。

しかし、残念なことに、好調な業績を長続きさせることは、苦手である。

『戦国策』という本によると、

父親が子供に命令する際でも、必ず守られる命令と、必ず守られない命令がある、という。

例えば、「妻と離縁しろ」という命令や。「愛妾と別れろ」という命令は、必ず守られる命令である。

(ここで、補足すると、古代中国では、父親の命令は絶対である)

しかし、「離縁した妻や別れた愛妾を恋しがるな」という命令は、必ず守られない命令である、というのである。

つまり、表面上の行動はコントロールできても、心の中までは従わせることはできない、ということであろう。

鬼軍曹タイプのリーダーは、古代中国の父親のようなものである。

部下からすれば、恐ろしくて、とても逆らうことができない。だから、とりあえずは命令に従うのである。

そして、例え表面上だけとはいっても、部下の行動は変化する。

変化すれば、業績にも影響が出てくるから、不振の営業所でも立ち直る場合がある。

しかし、部下は心の底から納得しているのではない。

短い期間は我慢できても、時間の経過と共に反動が生じてしまう。だから、長期間は持たないのである。

漢文は、こういったことを短い言葉で表すのに、実に優れた文章だと思う。

『淮南子(えなんじ)』には、こうある。

「箠策(すいさく)繁(しげ)く用いるは、遠きを致す御にあらず」

五七調に訳してみたが、気づいて頂けただろうか・・・。

(すいさくしげく、もちいるは、とおきをいたす、ぎょにあらず)

箠策とは、ムチのことである。

ムチを頻繁にする乗馬は、遠くへ行こうとするやり方ではない、というのである。

ただ、ここで単純に、だから鬼軍曹タイプは駄目なんだと決め付けてはいけないと、思う。

鬼軍曹的なリーダーシップを奮わないということと、奮えないということは、全く違うことだからである。

昨今のリーダー見ると、こう感じることが多い。

そもそもムチ打つことが出来ない人が、ムチ打つリーダーシップは良くないと、批判しているのではないか、と。

そして、そういった人は、短期間であっても長期間であっても、業績を向上させることが出来ないタイプでないか、と。

誰しもが一直線に成長して立派なリーダーになれるというものではない。

回り道のように見えても、鬼軍曹になるということは、必要なプロセスではないだろうか。 絶滅危惧種になりつつある鬼軍曹の復活を、期待したい。