『戦国策』都合のいい女

昔の話だから、一夫一婦ではない。

ある男が二人の妻を持っていた。

別の男が、その二人の妻に言い寄った。

すると、年長の方の女は「ふざけるな」と、言い寄った男を罵った。

若い方は、誘惑に乗って身をまかしてくれた。

しばらくする内に、二人の妻の夫が亡くなってしまった。

「旦那が死んだのだから、結婚するつもりだろう。どちらの女を貰うのだ」と、ある人が言い寄った男に聞くと、年長の方を貰うという。

なんで、罵られたのにもかかわらず、年長を貰うのかと尋ねると、

「人の妻でいる内は、こちらの言うことを聞いてくれる女がいいが、自分の妻にするのであれば、他人から言い寄られた時に、そいつを罵るような女が良い」

と答えたという。

現代においても、よく起こる話である。

男女関係だけの話でもない。

誰かを裏切る人間は、いつかは自分を裏切る人間になる。

誰からも愛されようとすれば、結局、誰からも愛されないようになる。

愛されていることと、都合がいいからと大切にされることは、似て非なるものである。

出典 (明治書院)新釈漢文大系47『戦国策 上』林 秀一著 130頁

秦巻第三 陳軫去楚之秦

楚人有兩妻者。人誂其長者。長者詈之。誂其少者。少者許之。居無幾何、有兩妻者死。客謂誂者曰、汝取長者乎、少者乎。曰、取長者。客曰、長者詈汝、少者和汝。汝何爲取長者。曰、居彼人之所、則欲其許我也。今爲我妻、則欲其爲我詈人也。

楚人に兩妻(りやうさい)を有する者あり。

人、其の長(とした)けたる者に誂(いど)む。長(とした)けたる者、之を詈(ののし)る。

其の少(わか)き者に誂(いど)む。少(わか)き者、之を許す。

居(お)ること幾何(いくばく)も無く、兩妻を有する者、死す。

客(かく)、誂(いど)む者に謂つて曰く、汝(なんぢ)、長(とした)けたる者を取(めと)らんか、少(わか)き者か。

曰く、長(とした)けたる者を取(めと)らん。

客曰く、長(とした)けたる者は汝を詈(ののし)り、少(わか)き者は汝に和せり。汝、何爲(なんす)れぞ長(とした)けたる者を取(めと)る、と。 曰く、彼の人の所に居らば、則ち其の我に許さんことを欲す。今、我が妻爲(た)らば、則ち其の我が爲に人を詈(ののし)らんことを欲す、と。