権限委譲

マネジメント原則に「権限委譲の原則」というものがある。

職務はできるだけ下位層におろし、責任と権限を与えることが望ましいということである。

そして権限を委譲したならば、上司は出来るだけ口出ししないことが重要だとされている。

3M(スリーエム)という会社では、このことを、

(操船を部下に任した時)「船長は血が出るほどに舌を噛む」

という言葉で、見事に言い表している。

孔子の弟子であった子賤(しせん)という人が、魯の国に仕え、單父(ぜんほ)という所の長官になった。

魯の君主は、細かいことに口出しをするタイプであった。

ある日、子賤は、魯君の側近を借り受け、書記の仕事をやらせた。

ところが、側近が字を書こうとするたびに、その肘を押えてうまく書けないように邪魔をした。

そして、字がきちんと書けていないといって、その側近を叱責した。

側近は、魯君の許に戻り、不満を訴えた。

魯君は、かたわらにいた孔子に訊ねた。

「子賤は何を考えているのか」

孔子は、答えた。

「子賤は、君の政治のやり方を暗に諌めているのです」

悟った魯君は、その後口出しを止めたという。

良い逸話だが、疑問も残る。

権限を委譲し、一旦任せたならば、リーダーは口出ししてはならないのであろうか。

歴史をみると、部下に権限を委譲し、信頼し過ぎたために国を亡ぼし、自らもその命を絶たれたという例は多い。

戦国時代、秦が斉に攻め込んできた時に、こんな逸話がある。

斉の威王は、章子を将軍に任命し、迎え撃たせた。

ところが、章子は秦軍と対峙したままで、なかなか攻撃しようとはしなかった。

そうこうしている内に、章子が秦と盛んに使者のやりとりをしているという報せが入った。

しかし、威王は何も言わなかった。

章子が秦と内通しているという報せが入った。

それでも、威王は何も言わない。

章子が降服したという報せが入った。

それでも、威王は動かない。

「何故、更迭されないのですか」と左右の者が王に訊ねると、威王は、

「章子が私に叛かないことは明らかである」、と言うのみであった。

しばらくの後、斉の兵が大いに勝ったとの報せが入った。

章子は、内通と見せかけて、秦軍の中に斉の兵を紛れ込ませることによって、大軍の秦を破ったのである。

勝利の後、左右の者が王に改めて訊ねた。

「何故、章子が叛かないことをお分かりだったのですか」、と。

王は言った。

「章子の母は、夫である章子の父に罪を犯した。父は怒り、妻を殺して馬小屋の下に埋めた。

章子を将軍にした時、勝利すれば母親の改葬をしてあげようと、私は言った。

しかし、章子は、『臣も改葬が出来なかった訳ではありません。しかし父は母を許すことなく死にました。父の許しなく母の改葬を行なうことは、父を欺くことになります』、と応えた。

死んだ者さえ裏切ろうとしない人間が、生きている君主を裏切る筈がない」

流石に、名君と称えられた威王である。 権限をどんどんと委譲することは大事なことだが、それと共に、信頼できる部下は誰かを見抜くことが重要なのである。 ,d=Un(i