『箸休め』日本人の神

つい先日のことで、印象深かった話を紹介したい。

何人かの外国人と「日本」ということについて、酒を飲みながら、とりとめのない話をしていた時、福沢諭吉の名前を、私が出した。

すると、相手の一人が、

「福沢諭吉なら、私も知ってます」

と言う。

私が、そうか、福沢諭吉は海外でも有名なんだ、と感心していると、

「だって、日本の神様じゃないですか」

と言うではないか。

私は誤解を解かねばと

「いや、福沢諭吉は慶応大学の創立者で・・・・・・」

とまくしたてようとすると、相手はニコニコと笑っている。

それで、ようやく私も気が付いた。

気が付いたことに、相手も気が付き、こう続けた。

「すいません。だけど、日本人にとって神様はお金でしょ」

「・・・・・・・・・」

この経験は、

日本人「我々日本人には宗教心が無いなどと言われているが、とんでもない話だ。我々ほ

ど、一人の神を信じ、そのためには全てを犠牲にしている民族はないだろう」

外国人「それは知らなかった。ところで、その神とは?」

日本人「福沢諭吉だよ」

という形でジョークにすることができるだろう。 ひょっとしたら、私が知らないだけで、もうあるのかもしれない。